1980年代は固体物理学にとっては夢の時代と言えるかもしれません。この10年の間に重要な発見が3つ連続して行われました。一つはもちろんよく知られた銅酸化物高温超伝導体の発見、もう一つはC60 フラーレンの発見です。加えてもう一つの大きな発見が我々の研究している準結晶(quasicrystal)です。
準結晶は 1982 年に当時米国標準技術研究所の滞在していたイスラエルの研究者ダンシュヒットマンによって急冷 Al-Mn 合金中に発見されました。そしてそれは、これまでの結晶学を根底から覆す大発見でした。準結晶が一体何かを説明する前にまず結晶とは何かを説明しましょう。
結晶とは単位胞が周期的に配列したもの、とは固体物理の初歩ですね。下の図は正方形の単位胞の周期的な配列例を示しています。単位胞がエネルギー的に最も安定ならば、その単位胞だけを使って出来た周期構造もまた最も安定だろうと予想できます。
さて、では、5角形の単位胞で周期配列は作れるでしょうか?下の図を見てみましょう。5角形の単位胞を周期的に配列しようと試みてもどうしても単位胞間に隙間が出来てしまいます。つまり周期配列は不可能なのです。これは結晶学の一番の初期から知られていた事実であり、この為に結晶には 2, 3, 4, 6 回対称しかないとされていました。
さて、では、準結晶とは何でしょうか?ダンシュヒットマン先生が最初に目にした電子線回折パターンは下の図に示すように 10 回対称でした。逆空間には反転対称性が現れますので、実空間ではこれは 5 回対称に対応します。えっ、5回対称?これは結晶学では許されない対称性ですよね???実は 1982 年にダンシュヒットマン先生はこの発見をすぐに論文にまとめ、J. Appl. Phys. に投稿します。でも、その論文はまるでテニスの壁打ちのように瞬時に戻ってきました。結晶学を勉強し直しなさいというレフリーコメントとともに。もちろんダンシュヒットマン先生は結晶学に精通していました。だって、彼は結晶学を授業で教えていたのですから。そこで、結晶には5回対称はあり得ないと教えていたのですから!
このように、準結晶は発見当初固体物理コミュニティーからの大きな拒否反応を受けました。誰も信じてくれなかった最初の数年、ダンシュヒットマン先生は本当に孤独だったそうです。ノーベル賞を受賞した様な偉い先生がまだ駆け出しのダンシュヒットマン先生を公然と批判して、それは本当に心細かったそうです。でも、科学の偉大な性質、つまり(リチャードファインマンの言うところの)徹底的な科学的誠実さから、研究者は徐々に準結晶を科学的研究対象と認めはじめました。そして、1980年代の終わりに東北大学の蔡安邦先生が熱力学的に安定な準結晶の存在を示した時、準結晶は広く物理材料科学コミュニティーに認められる存在になっていました。
だからといって準結晶の性質が全て解明された訳ではありません。むしろ、なぜ準結晶が安定に存在し得るのか?という最も基本的な質問にもまだ答えられないというのが現状です。どうですか、皆さん、この不思議で美しい準結晶の神秘を一緒に少しずつ解き明かしてみませんか?
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